TSMCをご存じでしょうか?

TSMCは台湾のは半導体産業のトップの企業です。

アップルなどの機器チップは多数をTSMCが製造しています。

TSMCは台湾では代表的な企業です。

TSMCの創業者を紹介させていただきます。


モリスチャン

創業者モリスチャン

彼は銀行の頭取の息子として

1931年中国の浙江省寧波市に生まれる

1931年の満州事変や同年の11月の中華ソビエト共和国臨時政府の成立といった

混乱の渦中の時代でした。銀行員であった父親の転勤に

合わせチャン一家は1932年に南京に転居をします。1937年日中戦争が勃発したため、

チャン一家は広州へと移ります。

公衆にも戦火と爆撃が襲来したため香港に移りますがそこも占領され、

1943年にはチャン一家は重慶に移転しました。

しかしまたしても国共内戦が勃発し上海攻撃の時にモリスはアメリカへ移住しました。

香港に移住しそこで育ちました。

その時、彼とその家族は飲むことも

食べることもできず逃げ続ける日々でした。

1949年彼は18歳の時、意を決しアメリカへ渡りました。

そしてハーバード大学へ入学をします。その後、

マサチューセッツ工科大学に転校します。

そして機械工学の理学士、修士を所得しました。

彼はここアメリカで中国人には職が無いということ肌で実感し愕然とした思いに打ちひしがれます。

モリスチャンはこの時にこう決心します。

中国人のアメリカでの道が教師か研究者しかないなら、

私が先鞭をつけもう一つの道を切り開いてやろうではないか。

のちに自伝でこの思いを記しています。

大学卒業と半導体への道

1949年当時、アメリカでは中国人がつける仕事は洗濯屋か中華料理屋か

エンジニアか教授しかありませんでした。

そこでモリスチャンは自分が志望していた小説家の夢をあきらめエンジニアになろうと考えました。

シルバニアエレクトロニックプロダクツの半導体部門だったシルバニアセミコンダクタに採用されます。

1958年にテキサスインスツルメンツ社に転職し、

その三年後にエンジニアリング部門のマネージャーに昇進します。

1964年にスタンフォード大学で電気工学の博士号を所得します。

テキサスインスツルメンツはIBMの大型コンピューター用の

トランジスタの下請け製造をしていましたが、

クオリティ品質面で決して良品ではありませんでしたが、

モリスチャンは試行錯誤を繰り返し品質クオリティの高いトランジスタの製造に成功しました。

これに対しIBMの幹部は大変驚き、とても感謝しました。

そして下請けでも技術を極めれば大手企業と対等の立場に立てると気づき、

これがのちのファンドリを立ち上げる基本の根の思想になったと思われます。

テキサスインスツルメンツ社では25年間のキャリア(1958-1983)

、TIの世界的な半導体事業を担当するグループ・ヴァイスプレジデントまで昇進していきました。

彼はその後、同社を離れジェネラルインスツルメンツコーポレーションの社長に

就任しますがその一年後の

1985年に台湾当局から世界に通じる半導体産業を台湾に作り出してほしいと直接打診がありました。

台湾の国家プロジェクト

1974年初めに国家プロジェクトの十大建設の後続計画としてハイテク産業を発展させることが必要だとしました。

1974年の2月7日に台北の豆乳店で朝食会議が行われ、

アメリカのRCA社の集積回路R&D総括長をはじめ台湾の主要な長など

重要人物顔を揃えました。

展を促すには、集積回路産業の導入は不可欠でありアメリカからの技術を導入すると

期間の短縮ができると主張がありました。

この朝食会議で台湾の半導体産業の発展の方向性が決定されました。

そしてチャンは工業技術研究院の院長に就任します。

この当時は日本の半導体のシェア率がアメリカを抜き大半を占めていたころです。

当時の台湾では小さな部品メーカーしか存在していなく変革を必要としていました。

当初台湾当局は、日本の半導体ビジネスの主体である垂直統合型の

立ち上げを期待していましたが、台湾には設計技術がまだないことから、

製造だけを請け負うファンドリ型になっていきます。当初このアイデアには大半が反対をしました。

アメリカのインテルも日本のソニーも三菱も、出資を頼んだ企業からは断られました。

TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)設立


そして台湾政府の支援を受けてモリスチャンはTSMCを設立します(1987)。

ここで初めての最高経営責任者となります。しかし最初の数年間は売り上げはほぼ無かった。

1990年初旬アメリカ西海岸のシリコンバレーで半導体設計を専門に行うファブレスが誕生し始めました。

ここでTSMCは世界の収益背の高いチップメーカーと肩を並べます。

世界のクライアント企業シーメンスAG、モトローラ社、テキサスインスツルメンツ社そしてTSMC.、

年間15億ドル以上の売上高を受容します。

そしてTSMCは世界で最も収益性の高い半導体メーカーの一つとなりました。

モリスチャン1994年から2003年にヴァンガードインターナショナルセミコンダクタの

会長とTSMCの会長を同時に努め2005年にTSMCのCEOの地位を蔡力行に譲りました。

2002年には半導体生産のトップテン、2014年には半導体売上の3位に入り、

初めて全世界のファンドリチップ製造量の半分を超え、

世界最大の半導体製造ファンドリとなりました。このファンドリという

運営方式はウェハー加工によるロジックICのASIC(特殊用途別集積回路)

およびSoC(system on a chip,システムLSI)を作る専門企業であると位置付けしました。

これこそが独創的で、新しい時代の新たなビジネスモデルの開拓となりました。

TSMCは台湾に基礎を築き、世界の主要市場を目標とし、経営の国際化を追求し続けています。

世界の半導体産業の激動で猛烈な競争世界に参入して景気の変動に揺るがず成長を続けています。

四半期ごとに設備の稼働率が5割以下に低下しても世界で唯一の利潤を稼ぎ出すのがTSMCであると自負を持っています。

ファンドリは技術集約、資本集約の度合いが高い産業であり、

後進者はこの領域で一席めることが非常に難しい。

TSMCは世界のファンドリビジネスの発展動向を把握している。

TSMCは優秀な管理人材および研究人員など多くの人的資源を持ち、

これによってファンドリビジネスの中で一席の地位を占める事になった。

帰国起業家としての影響力

モリスチャンを見る視点でのそうせざる得ない状況から企業家としてゴッドファーザーになったという視点で

分析が多いですが、

帰国企業家として半導体業界の歴史を変えていったという視点から彼を分析することも重要です。

これは母国を離れ、一定期間海外で働いていた際に、

技術経営と起業家のノウハウを吸収して帰国後にイノベーションに影響を与える。

例えば台湾の帰国企業家で上げていくと、

世界的に有名な携帯電話メーカーHTCコーポレーションの王雪紅はカルフォルニアバークレー出身です。

トレンドマイクロ社の張明正はリーハイ大学の後ヒューレットパッカーに入社しトレンドマイクロを創業します。

その後帰国しウィルスバスターを立ち上げています。

ファンドリビジネス


このTSMCのファンドリビジネスとファブレスの関係が新たな半導体業界の

ビジネススタイルとして歴史が変わり始めます。

モリスチャンは半導体業界を根本から変えました。

それというのは、世界において現在ファブレスは1000社を超えるほどあります。

これはモリスチャンがファンドリを始めなかったら存在しなかったといわれています。

2003年調べではあるが、

台湾半導体産業の世界市場占有率はファンドリで76%以上、

ほかの分野でも、DRAM17.5%、SRAM6.9%、MASKROM66,4%、

設計業27,8%、パッケージ業32%、テスティング業38,1%である。

台湾のIT産業は設立当初から輸出をメインに世界市場を目標に展開しています。

台湾の企業経営者は雑草や変形虫といった言葉をよく使います。

踏まれてもどんな環境でも根強く育つ意味そして環境に

素早く対応して行動を変化させるという意味です。

そしてアセンブリー産業におけるOEM/ODM生産方式と半導体製造に

おけるファンドリ方式という独自のビジネススタイルで急成長を成し遂げます。

自社で生産設備を持たないが、自社ブランドで販売するファブレス企業。

自社で開発した半導体を半導体メーカーにライセンスするプロバイダー企業、

半導体の製造のみを請け負うファンドリ企業、

このビジネススタイルのファンドリに特化をしたのがTSMCです。

同時に、ファンドリ方式の工程が確立されたことにより、

台湾国内で前工程と後工程に参入する企業が増加し、上から下まで分業態勢が整備されていきました。

各工程間の競争も激しさと厳しさが激化して企業のっ成長に結びつきました。

そしてTSMCは世界中のファブレス企業、設計企業、垂直統合型企業(IDM)などから

受注する巨大企業となっていきました。

現在のTSMC

最近の半導体業界にとってもとても大きなニュースは

米国と対立しつつある中国の通信機器メーカーHuawei向けに半導体を供給することを停止する措置を取った(2020年)。

アメリカの主張は、中国のHuaweiはアメリカの安全保障を脅かしていて、

TSMCの半導体にはアメリカ製の技術が投入されていて、

アメリカの規制が適用されるということです。Huaweiは子会社HiSiliconが設計、

TSMCが製造する高性能SoCの「KIRIN」をHuaweiスマートフォンに搭載していたがこの供給が絶たれた。

中国は製造をSMICに切り替える方針に変える。

現在はTSMC7ナノメートルプロセスが主体でそこからのSMICの14ナノメートルプロセスへの

後退は大きな痛手となる。そしてTSMCは最新の5ナノメートルプロセスの製造の為に

アメリカ本土に半導体工場を建設する。2024年から量産に入り月2万枚のシリコンウェーハを生産する予定。

TSMCは全体では12インチのシリコンウェーハ月100万枚の生産能力を持つ。

最新の半導体工場を規模は小さいながらもアメリカに構えるというのは安全保障上からも重要な意味を持ちます。

TSMCは未だ世界トップファンドリ企業として常に成長と的確な判断、

人材育成、半導体にとってのその見本となるビジネス戦略の成長と影響力は留まるところを知りません。